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プロフィール

槇野知宏

Author:槇野知宏
宮崎県児湯郡生まれ。
宮崎県児湯郡在住。

「名探偵コナン」
「まじっく快斗」
「BLACK LAGOON」
「艦隊これくしょん」
「ファイアーエムブレム」シリーズ
「ペルソナ」シリーズ
(特に3と4)
「マクロスF」
「パワプロ」シリーズ
「田中芳樹」
「池波正太郎」
「司馬遼太郎」
「有川浩」
「TUBE」
「山本正之」
「NO-PLAN」
「クラシック」
「プロレス」
「中日ドラゴンズ」
を偏愛する会社員
その実態は、単なるオタク。

年を取る毎に深みにハマってますが、これも人生、問題ない、と開き直ってます(笑)

PASSの掛かっている日記(小説)につきましては「PASSについて」をご覧下さいませ。

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2012/11/02 (Fri) 21:02
銀河探偵伝説(18)

 無謀とさえ思われる出撃をブラウンシュヴァイク公に決心させたのは過激な青年貴族たちだった。
しかし、貴族連合軍は総力を挙げたワケではない。メルカッツは黙々と従ったが、有力者の一人であるファーレンハイト中将が出撃を拒否したのである。
地の利を生かして敵の出血を強い、長期戦に持ち込んで状況の変化を待つべきである。今、出撃しても敗北を早めるだけだ、と、薄い水色の瞳に怒りと軽蔑の色を湛(たた)えて、そう言い放ち、更に以前からの不満をまとめて叩き付けたのだ。

「そもそもブラウンシュヴァイク公と小官とは同志であって主従ではない。身分に上下はあっても同じ銀河帝国の廷臣であり、ローエングラム候の専横に対してゴールデンバウム王朝を守護し奉る、その目的で結ばれた仲であるはずだ!小官は軍事の専門家として最悪の結果にならないよう忠告している。それなのに命令がましく自分の意思を押し付けるとは、ブラウンシュヴァイク公は何か勘違いされたか!!」

 ファーレンハイトの発言は痛烈を極め、ブラウンシュヴァイク公は怒りに青ざめた。
それまでの彼なら、このような不遜な発言を放置しておくはずは無かったに違いない。怒りに駆られた時、テーブルに並べられた酒瓶やグラスを従者に投げつける事など珍しくもなかった彼である。惑星ヴェスターラントにおける住民虐殺はその延長上にあった。
しかし、人心が急速に離反しつつある事を、彼は肌で感じ取っていた。それに何よりも彼に全面的な勝利の自信があったワケではない。公爵は荒々しい息を吐(つ)き、自分自身の弱気を嘲る様に、臆病者に用はない、と、言い捨て、ファーレンハイトを無視して出撃するよう命じたのである。  出撃した貴族連合軍は激しい砲撃の後、艦首を並べて突撃を開始した。これは力ずくで勝敗を決しようというのだ。
これに対し、ラインハルトはキルヒアイス、ミッターマイヤー、ロイエンタールの三個艦隊で迎撃すると同時に、各艦隊から抽出した大出力、大口径の砲艦(ガン・シップ)を三個艦隊の隙間に並べ、突撃して来る敵艦隊に対して連続斉射を浴びせた。
貴族連合軍の戦意は低くなかった。損害を受ける度に後退して艦列を立て直し、執拗な波状攻撃をかける。連戦して連敗を重ね、追い詰められた立場にありながら、その戦意は見上げたものとすら言えた。
前後六回に渡る波状攻撃で一波毎に粉砕されて、貴族連合軍は心身ともに疲弊していた。このタイミングを見逃さなかったラインハルトは三個艦隊に戦線を押し戻させると同時に全艦隊に最大戦速による逆襲を指令した。

「全艦、最大戦速!我に続け!!」

ラインハルトの命令と共に旗艦「ブリュンヒルト」が最大戦速で前進すると、キルヒアイスたちの三個艦隊に加え、ビッテンフェルト、ワーレン、ルッツ、ケンプ等の艦隊が一気に全面攻勢に移り、殆ど一瞬に勝利を確定させたのである。
こうなると貴族連合軍の各艦艇では大貴族出身の高級士官と下級貴族や平民出身の下級士官、下士官、兵士たちの衝突が始まっていた。兵士たちに制圧された多くの艦は降伏信号をラインハルト軍に送信して、動力を停止して投降した。
中には大貴族出身の高級士官への制裁に熱中するあまり、降伏信号を出し忘れ、ラインハルト軍の砲火を浴びて爆沈した不幸な艦もあれば、敗走する味方を攻撃して行動によって自分たちの意思を表明した艦もあった。
一度(ひとたび)敗勢がさだまった時、貴族連合軍は五〇〇年間に渡って不公正な社会制度で退廃を続けてきた。その成果を一度に曝け出してしまったのである。誰も恨みようがない、無残な自業自得の姿であった。

「伯爵令嬢(フロイライン)マリーンドルフが言ったものだ。貴族の士官に対する平民兵士の反感が私の勝因の一つになるだろう、とな。見事に的中したな」

「ブリュンヒルト」艦橋でスクリーンを見つめながらラインハルトが言うと、オーベルシュタインが応じた。

「正直なところ、案外、早く決着がついたものです。最も賊軍に限っての事ですが」
「賊軍か・・・」

ラインハルトは冷やかに呟いた。彼が勝ち、大貴族たちが敗れた以上、帝国の公式記録は正当なものとして、大貴族たちを賊軍と価値づけるであろう。敗者を裁くのは勝者に与えられる当然の権利であり、それをラインハルトは充分に行使するつもりだった。
もしラインハルトが敗れれば、賊軍の汚名と不名誉な死は彼に与えられたはずである。それを思えば権利の行使を躊躇(ためら)う理由などない。

「もはや前方の敵は力を失った。卿は近日中にオーディンに帰還し、後背の敵に備えよ」

ラインハルトの指示は短いものであったが、オーベルシュタインにはそれで充分に通じた。

「御意」

次の戦場は宇宙から宮廷に移り、武器はビーム砲から陰謀に変わるだろう。それは大艦隊同士の会戦に劣らない凄惨な戦いになるはずであった。


 メルカッツの旗艦「ネルトリンゲン」と“禿鷹の城(ガイエスブルグ)”要塞との間には勝ち誇る敵の艦隊と、絶望とが並んで彼の帰路を阻んでいる。
メルカッツはプライヴェート・ルームに入ると、デスクの引出しからブラスターを取り出して眺めた。彼の生涯で使用する最後の道具がこれであった。メルカッツがそれを握り直し、こめかみに銃口を押し付けようとした時、ドアが開いて副官が飛び込んで来た。

「お止め下さい、閣下。どうかお命を大切に」
「シュナイダー少佐・・・」
「お許しを、閣下。もしや、と、思いまして、エネルギー・カプセルを抜き取っておきました」

少佐の手に、カプセルの鈍い光沢があった。メルカッツは苦笑すると、無用の長物と化したブラスターをデスクの上に抛り出すと、それを少佐が拾い上げた。
プライヴェート・ルームの大きくもないスクリーンは、貴族連合軍が惨めに敗北し、滅ぼされてゆく光景を鮮やかに映し出している。

「恐らくこうなるだろう、と、想像はしていた。そしてその通りになってしまった。ワシに出来たには、ほんの少し、この日が来るのを伸ばす事だけだったな。それにしても、何時、カプセルを抜き取ったのかね?」

シュナイダーは黙ってブラスターの銃身を折って見せると、未使用のカプセルはそこに納まっていた。メルカッツは口元を軽く綻ばせた。

「コイツは騙された。そうまでしてワシに、死ぬな、と、言うのかね?」
「はい、そうです」
「だが、何をやって生きろと言うのだ?ワシは敗軍の将で、新しい権力体制から見れば紛れもない反逆者だ。もう帝国の何処にもワシの生きる場所はない。あるいは降伏すればローエングラム候は許してくれるかも知れぬが、ワシも武人としての恥を知っている」
「閣下、ローエングラム候は未だ全宇宙を支配したワケではありません。銀河系がたいして広くないとしても、彼の手が及ばない場所がまだ残っております。そこでお生命(いのち)を保たれ、ローエングラム候に対して捲土重来をお計り下さい」
「・・・亡命しろ、と、言うのか?」
「左様です、閣下」
「捲土重来、と、言うにはフェザーンではなく、自由惑星同盟かね?」

シュナイダーは黙って頷いた。自分で口にはしたが、自由惑星同盟、と、いう単語は意外に新鮮な響きがあった。考えてみれば、長い事、事実を無視して“叛乱軍”と呼びならわしてきたのだ。

「ワシは四〇年以上の長い間、彼等と戦い続けてきた。部下を数多く殺され、同じほどに彼らも殺した。そのワシを彼等は受け容れてくれるだろうか?」
「高名な工藤新一提督を頼りましょう。ローエングラム候に匹敵する才幹を持ち寛容な人物だ、と、聞いております。駄目で元々ではありませんか。もし駄目なら、その時は私もお供致します」
「馬鹿な。卿は生きる事だ。まだ三〇歳にもなっていないではないか。卿の能力があれば、ローエングラム候も重く用いてくれるだろう」
「ローエングラム候が嫌いではありませんが、私の上官は閣下お一人と決めております。どうぞ、ご決心下さい」

シュナイダーは待った。彼の忍耐は正しく報われた。メルカッツは頷いて言った。

「分かった。卿にワシの身柄を預ける。工藤新一を頼ってみよう」


 “禿鷹の城”要塞は死に瀕(ひん)していた。
外壁は砲火によって傷つき、防御砲火もまばらで、何より要塞主砲“禿鷹の鉤爪(ガイエスハーケン)”の主砲管制室をハウプトマン少佐率いる親ラインハルト派によって制圧され、内部では混乱と無秩序と騒音が欲しいままの支配を行っていた。
その混乱の最中に貴族連合軍の盟主であるブラウンシュヴァイク公は自殺の道を選んだが、そこに至るまでの醜悪なやりとりを知っているのは、監禁されていたはずのアンスバッハ准将であった。彼は部下たちによって監禁場所から助けられていたのである。
今まで仕えて来た人物の遺体を眺めながら、彼は独語した―――黄金樹(ゴールデンバウム)はこれで事実上、倒れた。後に来るのが緑の森(グリューネワルト)という事に、さて、なるかな。

 グリューネワルト伯爵夫人とは、ラインハルトの姉であるアンネローゼが先帝フリードリヒ四世から賜った称号であった。


 散発的な抵抗も終息し、要塞が完全に制圧された後、提督たちのうちで最初の一歩を踏んだのはミッターマイヤーとロイエンタールだった。
彼等は通路に捕虜の身となった貴族たちが座り込んでいるのを見た。貴族たちはラインハルト軍の兵士たちの銃に脅(おびや)かされ、傷付き、疲れ果てた身を床にへたり込ませていたのだ。
 ミッターマイヤーが軽く頭を振った。

「大貴族共のあんな惨めな姿を見ようとは想像もしなかった。これは新しい時代の始まり、と、言って良いのか?」
「少なくとも、旧(ふる)い時代の終わりである事は確かだ」

 ロイエンタールが答える。
貴族たちは二人を見上げていたが、その目には敵意の欠片ではなく、恐怖と不安、そして勝者に媚びる色があった。視線が合うと卑屈な笑顔を作る者すらいた。
ミッターマイヤーとロイエンタールは、最初に呆れ、次に嫌悪感を覚えた。だが考えてみれば、それこそ、自分たちが勝利したのだ、と、いう明確な証拠ではないか。

「ヤツ等の時代は終わった。これからはオレたちの時代なのだ」

 二人の青年提督は、昂然と顔を上げて敗者の列の間を歩いて行った。


 九月九日。“禿鷹の城”要塞。
勝利の式典が行われる大広間の入り口でジークフリード・キルヒアイスは衛兵に、武器を持ち込まないように、と、注意を受けた。
キルヒアイスは彼らに謝罪し、腰のブラスターを抜き取って衛兵に差し出した。他の提督たちが非武装であっても、ラインハルトはキルヒアイスにだけは武器の携行を許可するのが、それまでの通例であった。
彼は先に入室していた提督たちの列に加わり、彼等に目礼をした。提督たちの目には奇妙な違和感があった。それまではラインハルトの傍らには必ず赤毛の若者がいたのだが、昨年のアムリッツァ星域会戦以降、義眼の総参謀長がそれに代わったのだ。
キルヒアイスは先頃の“ヴェスターラントの虐殺”以降、自身に、特権意識を持ってはいけない、と、言い聞かせてきた。寂しさがない、と、いえば嘘になる。しかし、何処かでケジメをつけなければ、諸提督にも示しがつかない。
やがて戦勝式が始まり、捕虜となった大貴族や高級士官の引見が行われ、その何人目が、ラインハルトとは旧知のファーレンハイト提督であった。

「ファーレンハイト、アスターテ以来だな」
「御意」

薄い水色の目をした提督は悪びれない。ラインハルトも善戦して敗れた敵将を侮辱しようとはしなかった。

「ブラウンシュヴァイク公などに与(くみ)したのは卿らしくない失敗だったな。今後は私に従って、武人としての生を全うしないか?」
「私は帝国の軍人です。閣下が帝国の軍権を握られた上は謹んで従いましょう。些(いささ)か遠回りしたような気がしますが、これからそれを取り戻したいものです」

ラインハルトは頷き、ファーレンハイトの手錠を外させ、士官たちの列に加わらせた。このように人材は続々として彼の陣営に集まる。メルカッツを逃がしてしまったのは惜しいが。
列の端からざわめきが生じた。特殊ガラスのケースに収められたブラウンシュヴァイク公の遺体が運び込まれて来たのである。人々は、軍人としての礼装をしてケースの中に横たわっている帝国最大の貴族の生命なき姿を感慨をもって見守った。
アンスバッハ准将が柩に付き従っていた。故ブラウンシュヴァイク公の腹心と言われた男は、広間の入り口で無表情に一礼すると、ゆるやかな歩調で歩き始めた。
ごく低い、だが明らかな冷笑が参列者の間から漏れた。主君の遺体を手土産に降伏を申し入れてきた卑劣な男に対する武人らしい反感の表現だった。
その笑声は無形の鞭となって、アンスバッハの身を打ったであろう。それを制止しないのが、ラインハルトの性格にある若者らしい、容赦のない潔癖さの一端であった。
彼の前に来ると、アンスバッハは恭しげに一礼し、ボタンを押してケースの蓋を開いた。敗死した主君の遺体を、勝者の検分に入れようとするのだろうか?誰もがそう思ったが、そうではなかった。
目撃した人々は、自分の目で見ている光景の意味を咄嗟に理解出来なかった。アンスバッハはケースの中から白兵戦に用いるハンド・キャノンを取り出すや否や叫んだ。

「ローエングラム候、我が主君ブラウンシュヴァイク公の仇を取らせて頂く!」

ハンド・キャノンの威力は装甲車や単座式戦闘艇すら一撃で破壊する。これがラインハルトに直撃したら身体は肉片となって四散するはずだった。確かにアンスバッハはラインハルトに向けてハンド・キャノンを発射したが、狙いは外れてラインハルトから左へ二メートルほど離れた壁を破壊したに過ぎなかった。
アンスバッハの口から無念の絶叫が迸(ほとばし)った。全員が生ける石像になって指一本動かす事すら不可能になった無限の一瞬に、一人だけ動きえた者がいた。アンスバッハに躍り掛かり、ハンド・キャノンの砲口を逸らしたのは、ジークフリード・キルヒアイスであった。
ハンド・キャノンが床に落ちて非音楽的な響きを立てた。若さ、機敏さ、体力、全てに相手より勝るキルヒアイスは不敵な暗殺者の片手首を掴んで床に捩じ伏せようとする。アンスバッハの表情が凄絶なものとなり、彼は自由な方の手を鋭く舞わせると、その甲を自分の邪魔をする若者の胸に押しつけた。
押しつけられた物が何か分らないが、直感的に身体を捩(よじ)ったキルヒアイスの胸から背中を白銀色の条光が貫いた。アンスバッハは指輪に擬したレーザー銃まで準備していたのである。
胸の左側をレーザーで貫かれたキルヒアイスは灼(や)けるような苦痛感覚を覚えたが、暗殺者の手首を離そうとはしなかった。再び指輪が不吉に輝き、今度は左肩を撃ち砕いた。
三〇秒にも満たない時間であったが、提督たちを呪縛から解き放ったのは、キルヒアイスによって手首をへし折られた暗殺者の絶叫であった。重傷の身になりながらもキルヒアイスはアンスバッハの手首を掴んでいたのである。
軍靴の音がキルヒアイスとアンスバッハめがけて殺到し、ある者はアンスバッハを捩じ伏せ、ある者はキルヒアイスの応急処置に取り掛かり、ある者は軍医を呼ぶよう衛兵たちに声を叩き付けた。

「軍医はまだか!」
「だ、大丈夫です・・・それよりローエングラム候は?」

ミッターマイヤー等に応急処置を受けながらもキルヒアイスが真っ先に心配したのは、自身より黄金色の髪を持つ幼馴染みの事である。
出血の量は確かに多い。しかし急所から外れているので、軍医の腕と輸血によって助かるだろう、と、多くの経験を持つ提督たちは思った。
キルヒアイスの血溜まりの中にアンスバッハは引き倒され、ケンプやビッテンフェルトに押さえ付けられていたが、乾いた笑声を上げて提督たちを再び驚かせた。

「ブラウンシュヴァイク公、お許し下さい。この無能者は公の仇も討てませんでした。金髪の孺子(こぞう)が地獄へ堕ちるには、あと幾年かかりそうです」
「何を言うか!この痴(し)れ者め!!」

ケンプが平手打ちを叩き付ける。殴られた顔を床の上で揺り動かしながら、アンスバッハはなおも言った。

「り、力量・・・不足ながら、私も・・・お、お供いたします」
「いかん、止(と)めろ!!」

アンスバッハの意図を察したロイエンタールが叫んで、暗殺者の身体に飛びついた。ロイエンタールの言葉の意味を知ったビッテンフェルトとケンプは彼の上顎と下顎に手を伸ばす。
しかし、それより早くアンスバッハの下顎が僅かに動いて奥歯に仕込んだ毒入りカプセルを噛み砕いていた。ロイエンタールの手が咽喉にかかる。嚥下(えんか)を阻止しようとしたのだが、その執念も及ばなかった。アンスバッハの両目が大きく開き焦点を失った。


 ラインハルトは闇の中にいた。
提督たちの姿も、彼を殺そうとした男の姿も、彼の蒼氷色(アイスブルー)の瞳には映っていない。ただ、赤毛の親友だけを見つめていた。

「キルヒアイス・・・」
「ラインハルト様、・・・御無事で」

礼服が血に汚れる事など念頭にになく、傍に膝まずいて手に取った金髪の若者の姿は、キルヒアイスの視界には霞んで見えた。これが、死ぬ、と、いう事だろうか。多量の出血による意識の混濁の中でキルヒアイスはそう思った。

「ラインハルト様・・・宇宙を手にお入れ下さい・・・それとアンネローゼ様にお伝え下さい。ジークは昔の誓いを守った、と」
「オレはそんな事は伝えない。お前の口から伝えるんだ。お前自身で。オレは伝えたりしないぞ。いいか、一緒に姉上のところへ行くんだ」

キルヒアイスは微かにに微笑んだようだった。キルヒアイスの意識はそこで途切れた。そこへ軍医たちがやって来て手早く応急処置を施してゆく。それを見たロイエンタールは軍医に語りかけた。

「キルヒアイスは無事なのか?」
「今は大量の出血で意識を失っておりますが、輸血と手術をすれば大丈夫です。ただし・・・」
「ただし、とはどういう意味だ!!」

二人の会話に割り込んだのはラインハルトである。礼服を友の血で染めながら、眼には憤怒の炎を帯びている。

「閣下。キルヒアイス提督は多量の出血と左鎖骨及び左肩甲骨をレーザーで粉砕されております。これを手術するのは可能ですが、最悪、軍務に復帰出来るのに長期の時間が掛かるかと」

軍医の言葉にホッとした表情を浮かべたラインハルトであったが、やにわに軍医の襟首を掴み、こう言い放った―――必ずキルヒアイスを元に戻せ!そうでないと卿の生命はないと思え。


「ローエングラム候は?」
「相変わらずだ。ずっとキルヒアイスの病室で彼に付き添っておられる」

 問う声も答える声も、深刻な響きを帯びていた。
“禿鷹の城”要塞の高級士官クラブ(ガンルーム)に、提督たちが集まっている。かつて大貴族たちが贅(ぜい)の限りを尽くして飾り立てた豪華な部屋だが、勝利者たちには何の感興もない。
戦勝式典の惨事について、提督たちは厳重な緘口令(かんこうれい)を敷き、軍規によって要塞を共同管理をしていたが、それも三日、何時までも沈黙を続けているワケにもいかない。
後悔に打ちのめされたラインハルトはキルヒアイスの病室に篭ったままで、食事も睡眠も取らずにおり、提督たちを心配させていた。

「正直なところ、候にあれほど脆いところがおありとは思いませんでした」
「オレや卿が死んでもああはなるまい。ジークフリード・キルヒアイスは特別だ。候は言わば自分自身の半身を失いかけたのだ。それも御自分のミスで」

 ミュラーの声に、ミッターマイヤーがそう応じた。
彼の洞察の正しさは、他の提督たちも等しく認めるところではあったが、このまま時を空費する事への焦燥も強まっている。
ロイエンタールが金銀妖瞳(ヘテロクロミア)を鋭く光らせると、強い口調で同僚たちに言った。

「ローエングラム候には立ち直って頂く。立ち上がって頂けねばならぬ。さもないと我々全員、銀河の深淵に向かって滅亡の歌を合唱する事になるぞ」
「だが、どうすれば良いのだ?どうやって立ち直って頂く?」

途方に暮れた声はビッテンフェルトのものである。ケンプ、ワーレン、ルッツ等の諸将も重苦しく沈黙していた。
この場にいる提督たちが片手を上げれば、数万隻の艦隊が動き、数百万の兵士が銃を取る。惑星を破壊し、恒星系を征服し、星々の大海を思うが儘に往来する男たちを、悲哀に打ちのめされた若者をどう再生させるか、その術(すべ)が見出せなかった。

「打開策があるとすればあの男だが」

やがて、そう呟いたロイエンタールである。ミッターマイヤーが小首を傾げた。

「あの男?」
「分るだろう。この場にいない男だ。オーベルシュタイン参謀長だ」
「ヤツの知恵を借りねばならんのか・・・」

ミッターマイヤーの声に、忌々しげな調子が隠しようもなく表れている。

「止むを得まい。ヤツもローエングラム候あってこその自分である事を承知しているだろう。その男が今まで動かずにいるのは、我々の訪問を待っているのだろう、と、思う」
「では、ヤツに恩を着る事になるではないか。もしヤツが、自分に諸事、優先的な権利を与えろ、と、言ったらどうする?」
「オーベルシュタインを含めて我々はローエングラム号という名の宇宙船に乗っているのだ。自分自身を救うために船を救わねばならぬ。もしオーベルシュタインが、この危機に乗じて自分一人の利益を図ると言うならオレたちも相応の報復手段を取るだけだ」

ロイエンタールの言葉に提督たちが頷き合った時、警備担当の下士官がオーベルシュタインの来訪を告げた。

「良いタイミングで現れたな」

ミッターマイヤーが言ったのは、好意からではなかった。入室したオーベルシュタインは一同を見回すと遠慮無く批判した。

「卿等の討議も長いわりに、なかなか結論が出ないようだな」
「なにしろ我が軍には目下ナンバー1、ナンバー2がおらず、まとめ役を欠くのでな」

ロイエンタールの言う事も手厳しい。オーベルシュタインの“ナンバー2不要論”が結果としてキルヒアイスの重傷に繋がった点を突いたのである。

「で、参謀長殿には良い思案がおありか?」
「無いワケではない。ローエングラム候の姉君にお願いする」
「グリューネワルト伯爵婦人か。それは我々も考えたが、それだけで埒(らち)が開くか?」

ロイエンタールがそう言ったが、実のところアンネローゼに報告する役を、誰も引き受けたがらなかったからだ。

「そちらは私が任せてもらうが、卿等にやってもらう事が一つある。キルヒアイス提督に重傷を負わせた犯人を捕らえるのだ」

明敏なロイエンタールでさえ、その一言の意味を測りかね、金銀妖瞳を軽く見張らずにはいられなかった。

「異なことを言う。犯人はアンスバッハではないか?」
「彼は小者だ。真の主犯は別にいる、と、いう事実を作れば良い・・・帝国宰相リヒテンラーデ公が裏でアンスバッハを操っていた、と、すれば良い」

誰もが愕然として義眼の参謀長に視線を集中させた。危機を逆用して潜在的な敵を排除しようとするオーベルシュタインの意図を察したのである。

「遅かれ早かれ、リヒテンラーデ公は排除せねばならぬ。それに彼は彼でローエングラム候を排除する陰謀を巡らせてるに違いないのだ。卿等は可能な限り迅速にオーディンに戻り、公を逮捕し、国璽を奪うのだ。そうすればローエングラム候の独裁権を確立出来る」
「卿を敵に回したくないものだ。勝てるはずもないからな。だが国璽を手に入れた者が、そのままオーディンに留まって自ら独裁者たらんとしたらどうする?」

ミッターマイヤーが皮肉を込めてオーベルシュタインの策に疑問を呈すると参謀長は答えた。

「心配ない。一人が野心を抱いても、同格である他の提督がそれを阻む。今まで同格であった者の下風におめおめと立てる卿等ではあるまい。私がナンバー2を不要とする所以(ゆえん)は、実にこれなのだ。権力はそれを獲得した手段によってではなく、如何に行使したかによって正当化されるのだ」

 オーベルシュタインの言葉が提督たちに凄まじいばかりの決断をさせた。
陰謀も詐術もやむを得ぬ。この際、宮廷内に潜むローエングラム候の敵を一掃し、国政の全権力を奪取すべきだ。オーベルシュタインの策こそ用いるべし。手をこまねいていれば、敵の先制を許すばかりである。
提督たちは行動を開始した。“禿鷹の城”要塞の警備にはルッル、メックリンガー、シュタインメッツを残し、他の者は選りすぐった精鋭を率いて首都オーディンに急行したのである。
リヒテンラーデ公が何れ起こすであろう宮廷クーデターに対し先手を打つ。その決意が彼らを駆り立てた。“禿鷹の城”要塞からオーディンまでは通常二〇日かかるが、彼らはそれを一四日で到達した。
この電撃的な行動にリヒテンラーデ公は何の対応も出来ず、ロイエンタールに拘禁され、国璽はミッターマイヤーによって奪われてしまったのである。帝都オーディンはラインハルト麾下の提督たちによって完全に制圧された。
マリーンドルフ伯の娘ヒルダは屋敷のバルコニーからこの光景を眺めつつ独語した―――活気に満ちた時代が来そうね。少し騒がしいかも知れないけど、沈滞しているより遙かにマシだわ、と。


 ジークフリード・キルヒアイスは意識が回復した時、自分は天上界(ヴァルハラ)にいるのではないか、と、思ったが、視界に入る医療機器などを見て、自分が生きている事を漸く実感した。
頭を動かすと、左胸と左肩に痛みが奔ったが、その視線の先にいるのは椅子に座って自分を見つめているラインハルトの姿だった。頬はやつれ、眼から覇気が失せ、黄金色の髪も色褪せて見えたが、キルヒアイスを見た金髪の若者の顔は一気に明るさを取り戻したかのようだった。

「・・・ラインハルト様」
「キルヒアイス、無事なんだな?良かった・・・本当に良かった」

嬉しそうにキルヒアイスに語りかけるラインハルトの目に涙が光っているのを赤毛の若者は確認した。

「ラインハルト様、泣いておられるのですか?」
「当然じゃないか!お前はオレを助けた。そして危うく命を落としかけたんだぞ・・・その前に手術をしてくれた軍医たちに詫びねばならないな」
「何と仰ったのですか?」
「必ずキルヒアイスを元に戻せ。そうでないと卿の生命はないと思え、とな」

ラインハルトの怒気に触れた軍医を哀れに思いつつ、キルヒアイスが真っ先に聞いたのは友の状況であった。

「お前のお陰で傷一つない。強いて挙げるなら礼服を一着、駄目にした事だな」
「では、退院したらクリーニング代をお渡ししますね・・・その前にアンネローゼ様のケーキが食べたいですね」
「そうだな。お前が完全に回復するまでの楽しみにしておこう」

病室内は和やかなムードに包まれていたところへドアがノックされた。

「誰だ?」
「閣下、オーベルシュタインです。帝都オーディンより超光速通信が入っております」
「誰からだ?」
「姉君グリューネワルト伯爵夫人からです」

何時間も何日も身じろぎせず、友の生還を信じていた若者は椅子を蹴って立ち上がった。

「貴様、喋ったな!キルヒアイスの事を姉上に喋ったな!!」

沸騰する怒りのエネルギーを、義眼の参謀長はたじろぐ色もなく受け止めた。

「申し上げました。先刻の超光速通信で」
「よくも余計な事を!!」
「キルヒアイス提督が亡くなられたワケではありません。閣下を守って重傷されたのです。そのご報告を致しました」

ラインハルトは、視線で灼(や)き殺そうとするかのようにオーベルシュタインを睨み付けていたが、それを止めたのはキルヒアイスの一言だった。

「ローエングラム候、ここはオーベルシュタイン参謀長の言う通り、グリューネワルト伯爵夫人の連絡を受けるべきです」

キルヒアイスの意外な一言に驚いたラインハルトであったが、幾分、冷静さを取り戻した歩調で病室から出て行った。そして室内に残ったのはキルヒアイスとオーベルシュタインの二名だけである。医療機器の機械的な音がする中、最初に口を開いたのは年少者であった。

「オーベルシュタイン参謀長。私がローエングラム候の光とするなら、あなたは影の部分を担う事になります。私はこのような状態ですのでローエングラム候を支えて下さい」
「そこまでお見通しとは・・・御慧眼、恐れ入ります。キルヒアイス提督が療養中の間は、私がローエングラム候の影となり、候を支えましょう」

オーベルシュタインはキルヒアイスに敬礼すると病室から退室した。


 リヒテンラーデ公の一族は女子供は辺境星へ流刑となり、成人男性は処刑された。リヒテンラーデ公自身は自殺の道へ追い込まれた。更にリヒテンラーデ公に加担した貴族たちも対象となり、生命は助かったものの財産を没収された者もいた。
ラインハルトは爵位を公爵に進め、帝国宰相の座に就いた。既に獲得している帝国軍最高司令官の要職も彼の手中にある。政治・軍事の両大権は、金髪の若者の独占するところとなった。ローエングラム独裁体制がここに誕生したのである。
六歳のエルウィン・ヨーゼフ二世は、国政の実権を握る重臣の操り人形(マリオネット)である事、昨年と異ならなかった。唯一の違いは、操る糸が二本から一本になった事だけである。
 彼を支える人々も新たな地位を手に入れた。
ミッターマイヤー、ロイエンタール、それにオーベルシュタインの三名は上級大将になり、ケンプ、ビッテンフェルト、ワーレン、ルッツ、メックリンガー、ミュラー、ケスラー、シュタインメッツ、そして降伏したファーレンハイトは大将の地位を得た。
一方、ラインハルトを暗殺者の手から守って負傷療養中のキルヒアイスは昇進しなかったが、上級大将の最上位となり、幾つかの勲章を得た。これに関してはオーベルシュタインが珍しくラインハルトに勧めた結果である。
ラインハルトは暫く国内を固める事に専念するとしても、来年になれば自由惑星同盟との軍事衝突が予想される。そして同盟には、極めて有能な敵がいるのだ。




 ラインハルトが思い描く強力な敵―――工藤新一は、その頃、不機嫌の極みにあった。
彼はハイネセン奪還後、ネプティス、カッファ-、パルメレンドの三惑星を回って叛乱部隊の降伏を受け容れ、首都に帰還したところだった。
そこへ政府特使とやらがやって来て、政府の主催で、憲章秩序の回復、軍事主義勢力に対する民主主義の勝利を記念する式典を開くが、その時に、トリューニヒト議長と公衆の面前で握手するように、と、求められたのだ。

「何だってオレがトリューニヒトの野郎と握手しなきゃなんねーんだよ」

 特使が帰った後、新一は吐き捨てるように、そう言った。
彼はトリューニヒトが無傷で姿を現した、と、真から聞いた時に“災難”呼ばわりしたが、それが的中した事に喜びすら感じなかった。一連の醜悪極まる喜劇に目も眩む様な極彩色の幕が下りようとしている。下りてしまうなら耐えもするが、アンコールが無い、と、いう保証は何処にもないのだ。
クーデターを起こされながら、自分の政治姿勢を反省する事無く、政略の技術と民衆操作で権力を維持しようとするトリューニヒトのエゴイズムを思うと、新一は心底から嫌になる。その男と公衆の面前で握手するというのは、蘭を他の男に奪われる、と、同然だった。
だが、今後も勝つにつれ、地位が高まるにつれ―――つまり政治的利用度が高まるにつれて、このような事態は増えるだろう。それを避けるにはどうしたら良いか?
一番、手っ取り早いのは握手に託(かこつ)けて、トリューニヒトをぶん殴るか、蹴飛ばす、または出席を断れば良いのだ。そうすれば彼の人気は一気に凋落するだろうが、逆に無党派、反トリューニヒト派から人気が上がるかも知れないのだ。
先方の報復など怖くはないが、政府と軍部の協調を示す、と、いう大義名分がある以上、それを破壊することは出来ない。軍部は政府に。ひいては市民に従うべきだ、と、思ったからこそ、新一はクーデター派と戦ったのだ。


 式典は野外で行われた。
初秋の陽光が柔らかく人々を包み、木々の葉に黄金の膜を被せる美しい日であったが、新一の心境はそれから遠かった。
トリューニヒト個人と握手するのではなく、国家元首としての最高評議会議長と握手する―――新一はそうやって感情を捻じ伏せた。もっともそんな理論はごまかしであり、それが分かっているだけに新一の不快感はいっそう募(つの)るのだった。
こんな事に耐えなければならないのだから、なまじ出世などするものではない。出世した、地位が上がった、と、言って人々は羨むが、ピラミッドというものは頂上に近付くに従って足元は狭く危険になるものだ。その危うさに思いを致さず、地位の向上ばかりを願う人々の存在が新一には不思議であった。
それにしても貴賓席の居心地の悪さときたらどうであろう。昨年のアスターテ星域会戦の慰霊祭の時は一般席にいた新一であった。現在に比べたら気楽な身分だったものである。
新一の思いとは裏腹にトリューニヒトの演説が続いている。二流の煽動家(アジテーター)の空虚な詭弁、国民の犠牲を賛美し、銀河帝国を打倒する聖戦のための個人の自由や権利の主張を捨てよ、と、言うのだ。何年前からの繰り返しであろう。

「工藤提督」

 声をかけられて顔を上げると、席に戻ったトリューニヒトの端正な顔に、人好きのする微笑がたたえられていた。
何十億のもの選挙民を魅了し、彼を支持する者は政策でも思想でもなく、この笑顔に対して貴重な選挙権を行使したのだ、と、言われている。無論、新一は選挙権を得てから、その一員であった事は一度もない。

「工藤提督、言いたい事はいろいろおありだろうが、今日は祖国が軍国主義から解放された事を記念する喜ばしい日だ。政府と軍部との間に意見の違いがある事を示して、共通の敵に隙を見せるべきではないかと思う」
「・・・確かに仰るとおりです。オレ・・・いえ、小官は何をすれば宜しいのですか?」

新一はトリューニヒトの笑顔を見た時から、何かある、と、読んでいた。しかも式典の司会者も“トリューニヒトの腰巾着”と称されている政治家のエイロン・ドゥメックなのだから尚更だった。

「何、簡単な事だよ。今日は笑顔を絶やさずに主権者たる市民に対して礼儀を欠く事のないよう努めようではないかね」

正論を吐く人間は確かに立派であろう。だが信じてもいない正論を吐く人物はどうなのだ。彼の目の前にいる人物を観察する度に新一は疑問を抱く。

「では、ここで民主主義のため、国家の独立のため、市民の自由のために戦う闘士、トリューニヒト最高評議会議長とイゼルローン要塞司令官兼駐留機動艦隊司令官の工藤新一提督に握手をして頂きましょう。市民諸君、どうか盛大な拍手を・・・」

声を高めたドゥメックに、最悪のシナリオだ、と、新一は思った。彼の心の内を知ってか知らずかトリューニヒトは席から立ち上がって民衆に手を振りながら、新一に手を差し出した。
新一も立ち上がり、機械的に民衆に手を振り、機械的に議長の手を握った。内心では、徹底的に右手を消毒してやる、と、思いながら。二人の手が握り合わされた時、群衆の歓声が一際高まり、拍手の音は秋空を圧し、無数のカメラのフラッシュが二人を包み込んだ。
漸く無血の拷問が終わった時、新一は目の前で笑顔を振りまく男の事を考えていた。トリューニヒトはクーデターに際して何もしなかった。地球教の信者に匿(かくま)われ、地下に潜伏していただけである。
艦隊を指揮して戦ったのは工藤新一であり、市民を代表して言論と集会で戦ったのは反クーデター派の反戦議員たちである。トリューニヒトは事態の解決に一グラムも貢献していないのに群衆の歓声を一身に浴びている。
同盟軍にとって不名誉なアムリッツァ星域会戦の時は、それまで主戦論を唱えていたトリューニヒトは一転して出兵に反対した。その結果、同盟軍は無残に敗れ、主戦論者は地位と信頼を失ったが、相対的にトリューニヒトの声望は上がった―――そして今回のクーデター。
トリューニヒトは何時も傷付いていない。激発して倒れるのは、常に彼以外の人間である。嵐を呼び込んでおきながら、嵐の時は安全な場所に潜み、空が晴れ上がってから出て来る男。どんな危機に際して、何もせず、何もされず、最後に一人だけ勝ち残る男―――そう思った新一は、ぞっ、とした感覚に囚われた。


 無意味かつ不快な式典が終わったあと、新一は官舎ではなく実家へ戻った。
官舎にいれば、不愉快なマスコミやジャーナリスト、不敗の名将に会いたいという物好きな市民に取り囲まれてしまうからである。
実家に帰って新一がやった事は、洗面室に飛び込んで、石鹸やら消毒液やらをフル稼働させ、トリューニヒトに手を握られた穢(けが)れを洗い落とそうというワケで、この時の新一のメンタリティは子供のそれと異ならない。
新一が洗面室に立て篭もっている間、蘭は新一と彼の両親のためにコーヒーを淹れている。その光景を見ながら新一の両親は雑談に夢中である。

「しかし、新ちゃんも今日は不幸だったわねえ」
「有希子の言うとおりだね。私から見れば、新一はよく耐えた、と、思うよ」

漸く新一が洗面室から出て来て、蘭からコーヒーを受け取ると一口だけ口にした。

「ホントに今日は危なかった」

前の憂国騎士団の襲撃みたく、何か身に危険が及びそうな事があったのか、と、新一以外の誰もが思ったが、彼はその懸念を打ち消した。

「そうじゃない。トリューニヒトに会った時、嫌悪感が増すばかりだったが、ふと思ったんだ。こんなヤツに正当な権力を与える民主主義、支持を続ける民衆とは何なのか、とね」

誰も黙ったまま沈黙が続く。

「ルドルフ・フォン・ゴールデンバウムや、この前クーデターを起こした連中は、そう思い続けた挙げ句、これを救うのは自分しかいない、と、確信したに違いない。これは逆説的だが、ルドルフを悪虐な専制者にしたのは、全人類に対する彼の責任感と使命感なんだ」
「トリューニヒト議長には、使命感や責任感があると思ってるの、新ちゃん?」
「蘭には話した事があるけど、アイツは権力という玩具を使って遊んでいる子供と同じさ、母さん」
「私から見るとトリューニヒト氏は、社会にとって悪性のガン細胞かも知れないね」

優作が話を続ける―――健全な細胞を食い尽くして自己のみ増殖・強大化し、遂には宿主の肉体そのものを死に至らしめる。トリューニヒト氏はある時は主戦派、ある時は民主主義を唱え、責任を取る事は決してない。

「自己の権力と影響力を確実に増大させ、彼が強くなればなるほど社会は衰弱し、遂には彼に食い潰されてしまう―――それが私のトリューニヒト氏の感想だよ」
「父さんのいう通りかも知れない。ヤツを匿った地球教徒たちも同じかもな・・・」
「新一・・・?」

急に黙り込んだ新一の顔を蘭が心配そうな表情で覗き込んでいる。

「どうかしたの?」
「いや、何でもない」

誰もがする、そして全く効果のない返答を新一はしたが、応接間の隣室でTV電話(ヴィジホン)が鳴った。住人より真っ先に反応した蘭の姿を見て工藤家の三人は苦笑したが、そこへ蘭が応接間に駆け込んで来た。

「新一。統合作戦本部にいる紅子さんから連絡よ」
「小泉さんが連絡してくるなんて珍しいな。どうしたんだ?」
「新一はメルカッツ提督を知ってるでしょう?」
「帝国軍の名将さ。ローエングラム候ほど華麗で壮大でもないが、老練で隙がなく、人望のある人だ。そのメルカッツ提督がどうしたんだ?」
「新一を頼って帝国から亡命して来たのよ。今、イゼルローン要塞に到着した、と、志保さんから連絡が入ったようなの」

その言葉を聞いた瞬間、新一は反射的にソファから立ち上がった。


 イゼルローン要塞に到着したメルカッツを迎えた要塞司令官代理の志保は、最初、メルカッツに対して武器を提出するよう求めたが、彼の副官であるシュナイダーが怒りを露わにした。

「無礼な、何を言うか!閣下は捕虜ではない。自由意思によって亡命していらしたのだ。客人として遇するのが礼儀であろう。それとも、自由惑星同盟には、礼儀、というものが存在しないのか?」

志保は相手の正しさを認めて謝罪し、客人としてメルカッツ一行を遇すると共に超光速通信をハイネセン滞在中の新一に飛ばしたのである。
新一は幕僚たちを招集した。志保から直接に話を聞いた紅子は、この亡命は罠ではない、と、断言した。その発言を不審に思ったのは美和子と渉である。

「小泉さん。メルカッツ提督はご家族を連れて来たのかしら?」
「いえ、その点は志保さんに質しましたが、ご家族は帝国におられるとの事ですわ」
「なるほど、コイツは罠じゃない」
「良くはない。家族が帝国にあるという事は言わば人質を残してるようなものだ。メルカッツ提督が不穏な目的を抱いて来たと見なすのが、自然かつ当然だじゃないか、と、オレは思う」
「高木さんのお言葉はもっともですが、最初からオレを騙す気なら家族を帝国に残しているとは言いません。監視役を兼ねて偽の家族が付いて来る、と、いうのが妥当でしょう・・・白馬の意見は?」
「メルカッツ提督、と、いう方は生粋の武人で、諜報活動とか破壊活動とかには無縁のお方。信用して宜しいかと思いますね」

工藤艦隊きっての情報収集能力に長けた二人の意見である。もはや誰も文句は言えない。

「オレはメルカッツ提督を信じる事にする。それにオレの力が及ぶ限り、彼の権利を擁護する。帝国の宿将、と、呼ばれる方がオレを頼ってくれると言うのだから、それに報いてやらないといけない」

やや不満げな表情を浮かべた美和子と渉に新一は、オレはおだてには弱いんですよ、と、答え、イゼルローン要塞との間に直通超高速通信の回路を開かせた。
志保に続いて、重厚そうな初老の男が画面に現れると、新一をはじめとする工藤艦隊の幕僚たちは一斉に立ち上がって丁寧に敬礼をした。

「メルカッツ提督でいらっしゃいますね?工藤新一と申します。お目にかかれて嬉しく思います」

軍人と言うより鋭利な学生もしくは学者と見える黒髪の青年をメルカッツは細い目で見つめた。彼に息子がいたら、これくらいの年齢であろうか。

「敗残の身を閣下にお預け致します。私自身に関しては全てお任せしますが、ただ、部下たちには寛大な処置をお願いしたい」
「良い部下をお持ちのようですね」

新一の視線を受けて、画面の隅でシュナイダーは新一が自分より年下とは思えなかったが、柔らかでいて鋭い眼光を受けて背筋を伸ばした。

「何にせよ、この工藤新一がお引受け致します。ご心配なさらずに」

その言い方には、メルカッツを信頼させるものがあった。亡命の提督は、副官の進言には誤りがなかった事を知った。


 新一がメルカッツと初めて対面した頃、ハイネセンのトリューニヒト邸宅、幾人かの政治家が集まっていた。ネグロボンティ、カプラン、ボネ、ドゥメック、アイランズ―――何れもトリューニヒト派の幹部である。
話題は彼等を脅かす敵の事であった。敵とは銀河帝国や、国内の軍事主義勢力ではなく、工藤新一、と、いう青年を指しての事である。嘗(かつ)て、彼等はトリューニヒトという盟主を頂いて政治権力を獲得する事であった。
現在では、獲得した政治権力の維持が目的となっている。そのためには、彼等の手から権力を奪取する可能性のある者を排除する必要が当然ながらあるのだった。彼等の警戒対象は反戦派の議員たちであったが、彼等はクーデター派によって虐殺された。敵が敵を殺してくれたのである。
彼等は新一が退役して国政へ進出して来るのではないか、と、警戒をしていた。若く、有能で人望もある。政治的才能は不明であるが、彼の名声に惹かれる者も多い。質は兎も角、量的には無視出来ない。
これは自分たちの事を反省したからではない。聞く人々も、それを不思議に思わなかった。彼等にとって、正義とは自分たちの特権を守る事であり、全ての思想はそこから出発しているのだ。
彼等の会話を新一がもし聞いていたら、オレは政治家になる気はない。オメー等の妄想に過ぎない、と、明言したとしても、彼等はせせら笑うだけで信じないであろう。権力を欲しがらない人間などいるはずがない、と、彼等は自分を基準に考えているのだった。
 幹部たちの会話を黙って聞いていたトリューニヒトが初めて口を開いた。

「工藤提督の才能は同盟にとって必要なものだ。帝国という敵がある以上はな。だが、致命的なものでなければ、時には失敗する事も本人のためだろう」

トリューニヒトは口の両端を吊り上げ、仮面めいた三日月型の笑いを作った。

「だが、まあ何れにせよ慌てる必要はあるまい。無理は禁物だ。情勢の推移を暫く見守るとしよう」

 一同は頷き、話題を、最近ハイネセンで人気を二分する女性歌手たちの事に移した。
トリューニヒトは彼等の雑談を左の耳から右の耳へ通過させながら、工藤新一の事を考えていた。
あの青年は、嘗て自分の演説で聴衆が総立ちになった時、ただ一人、座っていたこともある(ちなみに平次と真はトリューニヒトの眼中に入っていない)
勝利の式典で握手した時も、心を許してはいなかった。才能といい、精神といい、様々な意味で危険性を秘めた人物である。慌てる必要はないが、何れは従わせるか、排除するか、選択を迫られるだろう。
願わくば前者を選びたいものだ。そうすれば潜伏を助けてくれた地球教徒たちと並んで、強大な味方を手に入れる事が出来るのだ。
目の前にいる飼い犬のような連中ではなく・・・そのためには、惜しみなく、例え小さな手を打っておくべきであろう。


 帝国では各提督が昇進を果たしたが、同盟では新一は大将のままである。戦勝の相手が銀河帝国であり、他の退役元帥がいたら、新一が元帥の位を得た事は疑いない。
だが、統合作戦本部長や宇宙艦隊司令長官が未だ大将であるのに、その下の実戦部隊の長が、階級において上をゆくわけにはいかなかった―――政府はそう説明したが、新一にとってはどうでもいい事であった。
新一が貰ったのは、自由戦士一等勲章、共和国栄誉賞、ハイネセン記念特別勲功大章など、ごたいそうな名のついた幾つかの勲章や感謝状であった。彼からすればジャンバーの胸につける略章が増えるだけ、と、いったところであろう。
そんなものより、新一が喜んだのが、メルカッツを中将待遇の客員提督(ゲスト・アドミラル)という身分でイゼルローン要塞司令官顧問に出来た事である。
何れ正式の提督になるのは確実であり、前面の敵と戦うにせよ、後背の味方と対するにせよ、メルカッツの経験と思慮は、新一にとって貴重な助力となるであろう。特に来年あたり帝国のローエングラム公と大きな戦いがなるかも知れないのだから。
 新一の部下たちも、上司と同じく勲章と感謝状の山に埋もれたが、新一自身が昇進しなかったので、彼等の階級もそのままであったが、例外があった。
真が惑星シャンプール解放戦における功績から少将に昇進した。シャンプール住民からの強い要請があったため、と、説明されたが、統合作戦本部長代行ドーソン大将が工藤艦隊の人的結束にひびを入れるのを目的とした嫌がらせ、と、新一たちは信じている。
クブルスリー大将が退院して現役に復帰することになり、これが本部長代行の最後の仕事になったワケである。真が昇進したので、新一たちはささやかな昇進パーティーを開いた。結果的には工藤艦隊の人的結束力を強化させただけであった。
 また、ベイ大佐が少将に昇進し、トリューニヒトの警護室長に任命された。彼は最初、クーデターに加担した人物とされていたが、その計画を評議会議長に内報し、その脱出を助けた功によって、赦されただけでなく、新たな地位を得たのだと言われた。


 宇宙暦七九七年、帝国歴四八八年は、人類社会を二分する勢力間に戦火が交えられなかったという特異な年であった。両国ともに内戦とその収容にエネルギーを消費し、前年のように大規模な戦力を敵国に向ける事が出来なかったのである。
何れにせよ、ある年の平穏が、翌年のそれを保証する事にはならない時代である。銀河帝国と自由惑星同盟、双方の人々は、条約によったワケでもないこの年の休戦状態が、翌年の戦火を約束するもののように思い、むしろ不安を感じずにはいられなかった。

 この年、ラインハルト・フォン・ローエングラムは二一歳、工藤新一は二六歳である。両者とも、過去より未来に多くのものを持つ年齢であった。






続く






注:「銀河英雄伝説」は田中芳樹先生、「名探偵コナン」「まじっく快斗」は青山剛昌先生の著作物です。
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